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2026/04/14

TRIO AD-5 説明書に見るMPX OUT抵抗の重要性

 1.AD-5説明書の希少性と記事の目的

説明書の表紙

TRIO マルチ・ステレオアダプター AD-5型の説明書を入手しましたが、その内容には見逃せない重要な記述がありました。

AD-5は1960年頃に発売された製品で、価格は11,200円。当時のFMステレオ黎明期において、モノラルFMチューナーに接続することでステレオ放送を可能にするマルチ・ステレオアダプターです。

現在でもAD-5本体はオークション等で見かけることがありますが、説明書が付属する例は非常に少なく、今回の資料は貴重な一次情報といえます。

本記事では、この説明書に記載された内容を手がかりに、MPX OUTの抵抗値が音質に与える影響について整理してみます。

2.改造が必要な理由(技術背景)

AD-5は単純に接続するだけで動作する機器ではなく、接続するFMチューナー側の仕様によっては調整や改造が必要になります。

その背景にあるのが、MPX OUTの出力インピーダンスです。

当時のFMチューナーでは、発振防止などの理由からMPX OUTに高い抵抗値(例:100kΩ)が挿入されている場合があります。しかし、この抵抗値が高すぎると、高域特性に悪影響を与えることが知られています。

つまり、安全性を優先した設計が、結果として音質面では不利に働く場合があるということです。

3. 改造が必要な機種の例(FM-105)

AD-5と組み合わせて一部変更しなければならない機種

説明書P.5には「AD-5と組み合わせて一部変更しなければならない機種」が掲載されています。その一例として、FM-105の検波回路を確認します。

FM-105の検波回路(ラジオ技術1962.9より抜粋)

FM-105では、レシオ検波回路からMPX OUTへ接続されるR17が100kΩとなっています。この抵抗は発振防止を目的としたものですが、AD-5と組み合わせる場合には高すぎる値です。

そのため、説明書ではこの抵抗を5.6kΩへ変更するよう指示されています。

これは、MPX信号の高域成分を十分に取り出すための処置と考えられます。

また、ラジオ技術 1962年掲載のFM-106回路図を確認したところ、同様の抵抗(R18:50kΩ)は見られませんでした。発売時期により改善されている個体もあり、したがって、実際のチューナーでMPX OUT周辺の抵抗の有無や値を確認することが重要です。

4. 改造不要な機種の例(FM-30)

AD-5と組み合わせてそのまま使える機種
一方で、すべての機種に改造が必要なわけではありません。

FM-30の検波回路(FM-30取扱説明書より抜粋)

FM-30の検波回路を確認すると、フォスター・シーレー検波方式が採用されており、MPX OUTの取り出し条件が異なります。

この方式では、出力インピーダンスの問題が比較的小さく、説明書でも「そのまま接続して使用可能」とされています。

この違いは、検波方式および出力回路設計の差によるものと考えられます。

そのほか、FM-101k、W-36はレシオ検波ですがMPX OUTの抵抗は5.6kΩが採用されていました。 

このことから、当初は発振防止を重視した設計であったものが、MPXアダプターの普及に伴い、信号伝送特性を重視した設計へと見直された可能性が考えられます。

特にTRIO AD-5のようなマルチプレクスアダプターとの接続を前提とした場合、MPX信号の高域特性を確保するため、出力インピーダンスを低くする必要があったと考えられます。

また、当時は他社製MPXアダプターとの接続も想定されていたと考えられ、発振を抑えつつ安定して接続できるよう、回路の最適化が進められたものと思われます。

5. 文献との整合性(ラジオ技術 1965年5月)

ラジオ技術 1965年5月の記事

この問題は当時すでに指摘されており、「ラジオ技術 1965年5月号」の「FM-MPXアダプタの接続方法と上手な使い方」(P.63-65)にも同様の考察が見られます。

そこでは、MPX OUTに挿入されている抵抗は主に発振防止を目的としたものであり、過度に高い値にすると高域が減衰してしまうことが説明されています。

そして、発振の問題がなければ、抵抗値は低い方が望ましく、5.6kΩ程度が適当であるとされています。

AD-5説明書の内容は、この当時の技術的知見とよく一致しています。

6. 本ブログでの実践例(5.6kΩ採用の理由)

本ブログでは、これまでにFMモノラルチューナーへMPX OUTを追加する改造をいくつか行ってきました。

その際、高域特性を考慮し、MPX OUTの抵抗値は一貫して5.6kΩを採用しています。

主な例は以下の通りです。

・東芝 6FT-265 5.6kΩ

・STAR FM-121 5.6kΩ

・東芝 FMT-100 5.6kΩ

・TRIO FM-102 5.6kΩ 

いずれも5.6kΩとすることで、良好な結果が得られています。 

7. 今後の課題(FM-105 / FM-106の検証)

これまでにFM-105やFM-106の修理は行っていますが、MPX OUTの抵抗値については詳細な確認をしていませんでした。

今後はこれらの機種について実測を行い、AD-5との組み合わせにおける最適条件を検証していく予定です。

8. まとめ:忘れられた技術の再発見

今回取り上げたMPX OUTの抵抗値による発振防止と高域特性の関係は、現在ではあまり語られることのない技術の一部です。

しかし、当時の設計思想や文献を辿ることで、その意味を改めて理解することができます。

AD-5の説明書は、単なる付属資料ではなく、こうした重要な知見を伝える貴重な技術資料でした。

今回の内容は、レストアや改造を行う上でも見落としがちなポイントであり、現代においても有効な知識といえるでしょう。

9.あとがき

TRIO AD-5の説明書を購入した動機は単純です。 ほとんど流通していないので読んだことがなく、DEMENSION(デメンション)ツマミの機能説明になんて書いてあるのか知りたかったからです。

何故かセパレーションの名称でなく、AD-5はDEMENSIONの名称です。初めて触る人は最初は何の機能かわりにくい名称です。

左:機能説明、右:機器によって変更の注意事項
 

説明書の④DEMENSIONの解説では、「ステレオ分離、いわゆる音の広がりを調整するツマミです。・・・」と想像どおりの機能説明です。 

ふっと、右のページを見ると「併用する機種によって変更があります。必ずお読みください。」との注意書きです。

何だこりゃ?この当時の機器はTRIOでも改造ありきなのか。信じられない。これが私の感想です。

技術的な内容は雑誌で知ってはいましたが、まさか既製品にも改造の必要があるとはおもっていませんでした。

古い製品の説明書は、一度は読む必要があるとの教訓です。

経験から分ってるつもり、知ってるつもりが一番いけないことだと反省しかないブログです。

10.余談 

説明書を眺めていて、思わず笑ってしまうほど面白いことに気付きました。 各ページの一番下に、驚くほど小さな文字で「FMステレオ放送を楽しむための心構え」のような文言が書かれていたのです。あまりに味わい深いので、そのまま紹介します。

P3:FMステレオ放送の基本はチューナーにあります。

P4:雑音が多いとの原因の大半はチューナーにあります。

P5:セパレーションはチューナーによって左右されます。

P6:FMチューナーでひずみが多いとどうすることもできません。

P7:最高のFMチューナーこそ、FMステレオ放送受信のすべてです。

P8:AD-5のセパレーションは39dB以上とすばらしい性能です。

P9:音(信号)の入口(アンテナ→チューナー)には必要以上の配慮がかんじんです。

P10: FM放送の生命はステレオにあります。FMステレオの真価をぞんぶんにお楽しみください。

これらは、説明書にありがちな注意書きとはまったく違います。 まるで頑固なベテラン技術者が、経験からにじみ出た“心得”を小声で語っているような文体です。どこか春日二郎さんのつぶやきを思わせる、不思議な味わいがあります。

参考資料

TRIO マルチ・ステレオアダプター AD-5型説明書 
・ラジオ技術 1965年5月号