2022/08/18

TRIO トリオ FX-102K 真空管FMチューナーキット(良質なキット製品)

今回、修理するのは トリオ FX-102K 真空管FMチューナー・キットになります。1964年に発売されたMPXパック付きのFMチューナー・キットです。初期のFX-101K(モノラル・チューナー)から進化してMPX機能を搭載したのが大きな変更点です。MPXはチューナーに内蔵したほうが性能面では有利です。それをキットとして販売した意欲的な製品かと思います。キット製品は完成品では味わえない完成させた満足感や内部を理解した上での使うたのしさを提供してくれます。

背面には、300ΩFMアンテナ端子とRch,LchのRCA端子が配置されたシンプルなつくりです。

ラジオ技術1964年2月号にFX-102kの記事が掲載されています。回線図や実体配線図、MPXの各箇所の波形写真もあり、まるでFMチューナーの動作を学ぶための教材みたいです。

カバーを開けると、中央にMPXパック、左上にFMパック、上中央にIF段の配置です。電源トランスと電解コンデンサが離れているのが珍しい配置です。左右の前面ランプは前面パネルを外さなくてもランプ交換できる便利なしくみです。このチューナーの金属シャーシには錆びも少なく保存状態のいい製品のようです。

FMパックのカバーが錆びているので補修のため取り外しました。FMパックは6AQ8×1本、2連バリコンから構成されているのがわかります。

FMパックのカバーからサビを落としていからさび止め塗料をぬります。上の写真が補修後の姿です。

 
次に全面パネルを外し、水洗いしてヤニなどを洗い流します。ガラス目盛りを外し、ティッシュで息をかけながらそっと汚れを落とします。間違っても強い力をかけたり、ウエットティッシュなどで拭かないでください。簡単に文字が消えてしまいます。真空管の清掃も同じやり方をすれば文字は消えないできれいに汚れを落とせます。

 
この製品はキットなので、回路図どおりの配線なのか事前に確認しておきます。幸いこの製品はオリジナルどおりに組み立てたようです。まずは、劣化部品から交換します。ブロック電解コンデンサは60μF+60μF+60μFの比較的容量の大きなものを使用しています。ブロック電解コンデンサは中をくり抜いて再利用すれば外観を損なうことはありません。ブロック電解コンデンサの分解時に中から薄い黄色がかった透明のサラサラの液体が大量にでてきました。液体がでてきたのは初めてで内容物はなんだかわかりません。ブロック電解コンデンサが劣化して使用に耐えられない部品だったことは間違いないようです。通電試験していたら危ないところでした。
上の写真では劣化部品を全て交換しあります。前オーナーの配線方法が端子に巻き付てないでチョン付が非常に多いのが残念です。性能面もありますが、配線が外れる恐れがあります。実際に修理していると一か所配線がとれましたが、はんだ付けがあまかったようです。
配線を再度確認してから通電試験をします。電源を入れると0.4A流れ電流値は正常のようです。アンテナを繋ぎ受信試験します。受信感度を調整するだけでトラッキング調整は必要ありませんでした。Rch,Lchからの音出しも正常です。
 
レベルメーターは正常に振れますが、AFCをONにしても受信レベルに変化がありません。FMパックのAFC機能は動作していないようです。AFC回路をテスターで確認するとAFCスイッチのON/OFFにかかわらず常にアースが出ています。配線を確認するとシールドケーブルの末端処理でいきなり中心の銅線が出てラグ板の端子と接触しています。ケーブルのシールドを絶縁処理していなため接触してアースがでていたのが原因でした。ケーブル先端を作り直し青い熱収縮チューブで絶縁処理してから接続するとAFCは正常に動作しました。このチューナーは製作時からAFCが動作しないままの状態だったのだと思います。AFCがなくても受信には何もさしつかえなかったと思いますが、完成まであと一歩だったと思うと非常に残念な気持ちになります。
上の写真はLchのチャネル・セパレーションです。
次に Rchのチャネル・セパレーションを測定します。簡易方式のチャネル・セパレーション測定ですが、1kHz・約25dBほどの性能に調整することができました。
ステレオ装置に接続してヒヤリングしてみます。中音域が充実した厚みのある音がします。30分ほどエージングすると音にツヤがでてきます。 このチューナーのバックライトの明るさは控えめですが、照明を暗くするといい雰囲気を出してくれます。今回の修理では、良質なパネルデザインと機能を搭載したFMチューナー・キットに完成品とは違った思いが沸き上がります。1964年頃にこのステレオFMチューナーを製作した人は、この上ない満足感だったのに違いありません。

2022/08/11

真空管FMマルチプレックス・アダプターの製作(MPXアダプタ MU-34)

先日、ラジオ技術(1965年5月号)の「MPXアダプタ スターMU-34を使った…FMステレオ・アダプタの製作」の記事を久しぶりに読み返しました。それから数日後、オークションを覗くと驚いたことにスター製MU-34 MPX-UNITが出品されていました。しかも奇跡的に私以外に誰も入札せずに980円で落札することができました。私だけが喜んでいるだけで60年以上前の古い製品なので誰も興味ないのかもしれませんが・・・。しかし、今回のMU-34は現存している数少ないデッドストック製品だと思います。そのMU-34が上の写真です。しかも元箱付きです。

ラジオ技術(1965年5月号)の「MPXアダプタ スターMU-34を使った…FMステレオ・アダプタの製作」の掲載記事

当時のラジオ雑誌に掲載されていたMU-34の広告記事

MU-34は1962年頃の製品で、真空管6EA8をプリント基板に実装して鉄製ケースで覆ったFMマルチ・ステレオ・ユニットです。FMチューナーのMPX OUT端子にこのMU-34を接続すれば、簡単にFMステレオ放送を聴くことができます。19kHz抽出回路、38kHz逓倍回路、マトリクス回路、フィルター等で構成されスイッチング方式を採用しています。

今回は、MU-34を使ってFMアダプタを製作してみることにしました。製作といっても簡単でMU-34に電源回路を接続すればすぐにでもFMステレオ放送を聴くことができます。上の写真が今回の製作で使用する部品一式です。ケースと電源トランス(ゼネラルトランス販売㈱PMC-B80HG)は購入しましたが、そのほかの部品は手持ちを流用して製作します。ラジオ技術の製作記事との違いは、ノイズフィルター、ステレオ・ランプ、モノラル選択などの機能は不要と判断して省略することにしました。ただし、セパレーションのボリュームは1度調整するとほとんど使用しませんがTRIO AD-5をまねて全面に配置します。

電源回路から配線をして、次にMU-34からの入出力およびセパレーション用ボリュームなどを配線しました。たったこれだけで、FMアダプタの完成です。

FMアダプタの配線を再度確認して電源試験をします。B電源は150Vで、電流値は0.15Aで正常のようです。

RCA出力端子で4Vの直流がでていたので、 プリント基板の5μF・電解コンデンサを交換しました。

一番重要なチャネルセパレーション・レベルを調整します。LEADER LSG-231 FM SIGNAL GENERATORとスペアナ&オシロスコープ(VISUAL ANALYSER 2014)で調整します。チャネルセパレーション・レベルを測定してみましたが、ステレオに分離していませんでした。つまり、左右同じ波形のモノラルしか観測できません。コイルを調整してもほとんど波形に変化は見られませんでした。

原因の調査として各機能と個々の部品を確認してゆくことにします。19kHz抽出回路では19kHzが出ているのですが波形が不安定です。周囲のカーボン抵抗を外して測定すると、470kΩ⇒625kΩ、1.5kΩ⇒1.48kΩ、5.6kΩ⇒9.7kΩと経年劣化で数値が大幅に狂っています。フィルムコンデンサーは0.05μF⇒0.57,0.66,0.58μFでした。カーボン抵抗、フィルムコンデンサーは交換して、再度測定すると19kHzの波形が安定して観測できるようになりました。19kHzコイルに下側コアで波形出力を最大に調整、次に上側コアで波形出力を最大になるように調整します。

次に38kHz逓倍回路の抵抗を外して測定すると2kΩ⇒2.3kΩ、56kΩ⇒79kΩなので交換します。最後にマトリクス回路の抵抗を外して測定すると50kΩ⇒62.9,75.6,64.9,70.4kΩなので交換します。コンデンサはセラミックコンデンサですが念のため交換しました。これでコイルとスチロールコンデンサ以外は全て交換したことになります。下の写真は、劣化部品交換後のプリント基板のようすです。

部品交換により回路が安定したので再度調整してみます。19kHzコイルの下側コアと上側コアを回してオシロスコープで観測しながら19kHzの波形出力を最大になるように調整します。次に38kHzコイルのコアを回してRCA出力波形が静止して左右の出力波形の差が最大になるように調整します。再度、19kHzコイルの下側コア・上側コアを回してRCA出力で左右の出力波形の差が最大になるように調整し、38kHzコイルのコアを回してRCA出力で左右の出力波形の差が最大になるように調整します。最後にディメンション・コントロールでRCA出力で左右の出力波形の差が最大になるように調整したら完成です。チャネルセパレーション・レベルは1kHzで25dBまで調整することができました。MU-34のチャネルセパレーション仕様は30dB<(1kHz 1V入力時)です。下の写真がオシロとスペアナの測定結果です。チャネルセパレーション・レベルの最終調整ではVISUAL ANALYSER 2014のスペアナによる波形観測による調整ではなく、スペアナの付加機能で1kHzのLRレベルを数値で確認しながらだと精度よく調整することができます。

苦労して製作したFMアダプタをFMチューナーと接続してみます。高音域は繊細で中音域から低音域にかけてはダンピングが効いたような粘りのある音を聴かせてくれます。欲を言えばもう少し奥行きの表現があれば良かったと思います。このFMアダプタにはセパレーション・レベルの改善や出力段の位相調整などの改善の余地があり今後の課題だと思います。

当初、スター製MU-34 MPX-UNITでのFMアダプタの製作は半日でできると思っていました。60年以上前の製品に私の思惑は通用しません。実装されていた各パーツの劣化が激しく初期性能が出せないMU-34に苦戦しました。そして、FMアダプタの動作が部品精度に敏感で繊細な調整が必要であることを再認識するいい機会になりました。