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2026/10/25

SANYO SFT-1 FMチューナー MPX OUT付加と修理記録

SANYO SFT-1 FMチューナー MPX OUT付加と修理記録

1.概要 

SFT-1正面

SFT-1背面

SANYO SFT-1 FMチューナーの紹介です。 1958年、9,500円の三洋電機から初のFMチュ-ナーです。

横幅370mmの大きな堅牢な鉄製筐体のFMチューナーです。全面が鉄板で囲まれたここまで堅牢なFMチューナーは初めてです。

ナショナルES-901のような家庭に置いて似合うラジオではありません。デザインが武骨なため家庭の和室や洋室にも合わず、会社の事務所などに置くと似合いそうです。当時はSANYOの製品は一般家庭では見ませんでしたので業務用機器が多かったのかもしれません。 

・回路図

SFT-1 回路図
SANYO SFT-1の回路図は、「FMラジオの解説と製作 オーム社 昭和33年8月20日初版発行、昭和41年6月30日第9版発行」に掲載されています。

真空管は、6DT8,6BA6,6BA6,6AL5,6X4の構成です。ナショナルES-901と瓜二つの回路構成です。 ナショナルもSANYOも標準的で破綻のない手堅い回路を採用しています。回路図の手堅さは社風が大きく影響しているものと思います。

初段がナショナルES-901は6AQ8でSANYO SFT-1は6DT8との違いはあります。互換性はありますが、ヒーター電流は6DT8(0.3A)から6AQ8(0.43A)、6AQ8の方が僅かに高ゲイン(高感度)かつ低ノイズ(S/N比向上)かと思います。6AQ8への差し替え後はフロントエンドの再調整は必要です。 

2.修理作業

・分解

SFT-1を分解した様子 

分解すると本体カバーの剛性がよくわかります。通常はコの字型カバーを上から被せますが、 SFT-1は両側がコの字型で、前後の金属板と底板を組み合わせると箱型形状になっています。この形状は、両端のネジで天板からの圧力をコの字で受け止める従来の構造とは剛性が段違いです。

剛性の高いケース

背面板も鉄製メッシュで、ES-901のようなパーチクルボードの破損などは一切ない構造です。 

通気は天板、底板、背面の3方向にメッシュ構造として、筐体全体が鉄製で放熱するため発熱対策が万全です。この発熱対策により各部品の経年劣化もすくなく、剛性筐体により部品へのストレスも少ない理想的な筐体かと思います。その証拠に本体カバー内側のススは薄く全体についているだけで、局所的に激しく焼けるような痕跡は皆無です。

高さ20mmの足

1点角忘れてました、筐体の4本の足が特徴的です。通常のゴム足ではなく、高さ20mmもある細いくて硬い円錐状の足です。 これば底板からの通気性を考慮したものと思います。徹底した発熱対策が施されています。

SFT‑1の円錐状の高足は、昭和の民生機ではほぼ見られず、 同様の構造を採用していたのは TRIO の初期チューナーだけです。 これは両社が家庭向けデザインよりも、通信機的な剛性・放熱構造を優先した 共通の設計文化を持っていたためと思われます。 

状態の良いケースの塗装

更にもう一つ、この本体カバーを水洗いして激しい汚れを落としました。その下から現れたのは当時のままの美しい塗装です。表にも裏にも一切のサビがない優秀な塗装です。

・目視確認 

前オーナーさんからは、「コンデンサを入替したが音がでませんでした」 との販売コメントのある製品です。

内部を覗いて見ます。

裏側の配線の様子

SFT-1は劣化する部品点数が少ないチューナーで、その劣化すると思われる部品が交換されていました。

ブロック電解コンデンサは撤去され電解コンデンサ×2個に置き換わっています。ペーパーコンデンサはフィルムコンデンサに交換されています。意味は不明ですが何故か数十pFのコンデンサが数点交換されています。

重要なフロントエンドの同調回路にまで手を加えていました。部品交換による影響がなければよいのですが。 

・配線チェック 

配線を全数チェックしましたが正しい配線です。ただ気になるのは、電源トランスの表面に油が染み出て固着して光っています。電源トランスが発熱(過電流)した形跡だと思います。

配線が正しく、電源トランスが発熱する過電流であると想定すると疑わしいのはショートです。 

6X4の4ピンがショート

配線をチェックしているときに、6X4の4ピンの配線がソケットの固定リベットに接触しています。 ヒーターがショートしています。音が出るはずもありません。電源電圧をチェックしなかったのでしょう。この部分を再度ハンダすれば修理は完了です。

・電源試験 

電源試験で電流を測定

原因らしき箇所を発見・修理したので、電源を入れてみます。 電流は0.32Aで安定しています。各箇所の電圧を測定して正常です。

・動作確認

OUT PUTにモニター接続してSFT-1の音だし試験をします。あっさり、FM放送が受信できました。拍子抜けです。6X4のヒーター配線のショートを直しただけです。 

・トラッキング

 トラッキングが大幅にズレています。トリマやコイルを調整しますが、78~83MHz近辺しか受信できません。同調回路のコンデンサを交換した影響です。

同調回路の二次側コンデンサが交換されている
写真では青いコンデンサが交換されたものです。回路図では23pF、交換されたコンデンサは22pFでした。周波数のズレ幅が非常に大きいので容量差1pFではないかと思います。 また、同調回路の一次側コンデンサも交換されています。回路図どおりのコンデンサに交換しても回復できそうにない繊細な回路です。

ためしに、23pFにしてみましたがもっとズレ幅が広がります。元の部品が残っていないのが悔やまれます。

トリマへの交換
仕方なく、20pFトリマを取り付けての実機調整としました。調整はある程度できたのですが、ダイヤルスケール目盛り幅で上限は2MHzほど短かくなってしまいました。受信できる周波数範囲は80MHz~90MHzです。このチューナーは調整幅が極端にすくないので、繊細なバランスが崩れてしまいました。直して直せないでもありませんが、部品交換しながらの調整で時間もかかりそうなのでここまでの修理とします。

3.MPX OUT付加

MPX OUTを付加した回路図

モノラルFMチューナーですから、FMステレオ放送を聞くためにMPX OUTを付加します。

MPX回路に改造

部品点数も少なく簡単に配線することができました。

ヒアリング風景

TRIO AD-5と接続して音だし試験をします。これも簡単に左右から音がでます。動作にも不具合や不安定さはなさそうです。

・セパレーション 

セパレーションを測定します。

セパレーション(1kHz): 15dB

・ヒアリング

FMステレオ放送は、上下の帯域は欲張らずにバランスの良い音ですがやや高域よりでしょうか。音質は真空管チューナーではあまり聞いたことのない、やや硬めのタイトな音がします。ノイズはほんの僅か電源ノイズのブーンとホワイトノイスのサーッの2種類が混じります。ホワイトノイズはAD-5のフィルターONで消すことができます。MPXは十分に実用になる範囲で改造できたようです。このチューナーの構造の影響を思わせるタイトで硬めの音が印象に残ります。

4.まとめ

SFT‑1は、私の生活圏の民生機文化とはまったく異なる構造のFMチューナーです。筐体は必要以上に大きく、内部の本体シャーシも民生機では見たことがないほど余裕を持って作られています。この“ゆとりのある構造”が、剛性・放熱・劣化の少なさ・改造の容易さのすべてを支えており、民生機では絶対に感じられない「気配のなさ」を生んでいるのだと思います。

分解しても、修理しても、触っても、民生機のような文化的な匂いや癖がほとんど感じません。製品としての方向性が完全に民生機から外れていて、通信機や業務機の系統に属するチューナーです。鉄製の箱型筐体、3方向メッシュの放熱構造、高足による底面通気、合理的すぎる端子配置──どれもが家庭用ラジオの文化とは別の世界の設計思想です。

内部構造は単純な回路なのに、部品配置の自由度が異様に高く、ラグ板なしでどんな回路でも組めそうな合理性を持っています。これは民生機ではまず見られない構造で、私には理解しきれません。触ってようやく少しだけ感触がつかめる程度で、普通に見ただけでは気配すら感じない機種です。

今回の修理作業で、業務用機器が過酷な環境に耐えるために持つ構造の強さをまざまざと感じました。民生機にもこの剛性と放熱構造がほしくなる、そんな修理記録でした。

5.定格 

型   式 : 高周波1段付スーパー・ヘテロダイン

受信周波数帯:FM帯 80~90Mc

中間周波数 :10.7Mc

使用真空管 :6DT8 高周波増幅および局部発振混合

       6BA6×2 中間周波増幅

       6AL5 FM レシオ検波

       6X4 電源整流

ダイヤルライト:6.3V 0.2A

感    度 :25μV/30mV、S/N 30dB

出 力 電 圧:500μV 入力 30% 変調 0.5V

        500μV 入力 100% 変調 1.1V

電    源 :50~60c/s 90~100~110V(ヒューズ切替式)

消 費 電 流:20VA

形    状 :370×120×150mm


2026/09/14

ナショナル ES-901 FMチューナーの修理記録(MPX付加)

 1.概要

ES-901(表側)

ES-901(裏側)

ナショナルのFMチューナーES-901の修理記録です。 1958年、9,800円の真空管モノラル・FMチューナーです。FM黎明期に発売されたナショナル初のFMチューナー1号機です。当時のFM周波数割り当てから受信できる周波数は80MHz~90MHzとなっています。

2.ES-901の変遷 

ES-901は発売時期により、若干の違いがあります。

・初期

初期型は電源トランスの上にヒューズ
電源トランスの上にヒューズ、背面のFM/PUスライド・スイッチ 、電源スイッチ付きボリューム

・中期

中期からヒューズフォルダは電源トランスから分離
電源ヒュースは独立して電源トランス後ろに設置、背面のFM/PUスライド・スイッチ 、電源スイッチ付きボリューム

・後期

電源スイッチ

今まで電源スイッチ付きボリュームでしたが、左下に電源スイッチが配置されるようになりました。

ボリュームをOFFにするとPUに切り替わる

電源スイッチ付きボリュームからPU切替スイッチ付きボリュームに変更になっています。 

3.回路図、駆動図と配置図

(1)回路図 

ES-901回路図「FMラジオの解説と製作」

回路図は昭和33年発行「FMラジオの解説と製作」からの抜粋です。

ES-901回路図「ケース内側より」

ES-901の木製ケースの内側の回路図と全く同じです。ただし、各箇所の電流値が記載されている違いはあります。 

(2)駆動図と配置図

仕様、駆動図、配置図がケース内側に貼られている
ケース内側には回路図以外に使用、駆動図、配置図を一枚にした図面が貼られています。

4.構造

ダイヤル針の背面はアイボリー

木製ケースから出すとダイヤル針の背面板の色がRE-510と同じナショナルが好んで使ったアイボリーです。 

真空管などの配置

6AQ8、6BA6、6BA6、6AL5、6X4の構成です。V3で増幅とリミッタを兼ねていますので、TRIOなどの製品より1球少ないシンプルな構成です。

レシオ検波は、2つの検波器を高精度で揃える必要があります。この時期のダイオードのペアリングではなく、真空管内に同一製造の2つ検波器がある6AL5を品質面では有利と判断して真空管を採用したのだと思います。

フロントエンド

フロントエンドを見ると、後のFM専用ワイヤードパックFM-P1の原型の面影があります。 

小ぶりの2連バリコンでTRIOのような大型3連バリコンではありません。その後のFM多局化には耐えられない混信に弱い宿命をもった過渡期の製品の位置づけです。 

 5.内部 

裏側の状態を確認

裏側を覗いてみます。丈夫な作りで経年劣化で交換が必要になる部品が少ないです。ブロック電解コンデンサ×1、ペーパーコンデンサ×1、電解コンデンサ×2、ボリューム×1ぐらいしか劣化するおそれのある部品が使われていません。

劣化した電源トランスからの配線

ただし、電源トランスからの配線の被覆が劣化して剥がれ落ちで危険な状態なので何本か張替えが必要です。 

6.修理作業

(1)ケース修理

ケース上部の化粧板が剥がれたので修復

木製ケースの化粧板がはがれボロボロなので修復します。 ケースは金属製より木製の方が温度上昇が緩やかで優れた面もありますが強度と耐久性に難があります。

折れたパーチクルボードを補強して修復

背面のパーチクルボードのネジ穴上が左右ともに折れていますので補強を入れ修理します。

ツマミはアイボリーに再塗装

ツマミのアイボリーの塗装が剥げていますので再塗装します。

 (2)劣化部品の交換

修理後の裏側の様子

ブロック電解コンンデンサは劣化の兆候があるので交換します。ペーパーコンデンサ、電解コンデンサを交換すれば終了です。

交換したボロボロに劣化した配線
電源トランス一次側の配線が劣化していて触ると「ポキッ」と音がして被覆が剥がれるほどの重症でした。一次側配線を全て張り替えます。

ダイヤル操作したら糸が切れたので、新しく糸掛けをしました。

これで全ての修理作業は終了です。

(3)試験 

電源試験機で電流を確認
電源試験でAC100V,0.4Aで正常、各箇所の電圧も正常でした。
受信試験の様子

モニターを接続して受信テストをします。FM放送はすぐに受信できましたがトラッキングがずれています。

受信感度とトラッキングを調整すれば全て終了です。なんともあっけなく修理作業はおわりです。

 7.MPX付加

当然、FMステレオ放送開始以前の製品なのでモノラル出力のみです。現代のFMステレオに対応させるためMPX OUT端子を付加してFMステレオ放送を聞けるように改造したいと思います。

(1)検波方式

・レシオ検波の考察

何故、技術的に優れたフォスターシーレー検波ではなく、レシオ検波を選んだのでしょうか。

フォスターシーレー検波はAMノイズに弱く、高精度で調整も大変なリミッターが必要なため高価でもあります。

一方のレシオ検波はリミッターの精度は低くくて安価です。リミッターで抑圧しきれなかったノイズを検波回路の電解コンデンサで除去します。

ナショナルのFMチューナー一号機ですから、失敗は許されません。技術的に確実で信頼性の高いレシオ検波を選定したのだと思います。

・10μFへの違和感

ES-901のレシオ検波回路の10μFにも違和感があります。

FMステレオ・標準化前(1950年代)にもレシオ検波で5μFのFMチューナーはありました。どんな環境条件でもノイズを出さない音質重視の考えから10μFにしたのだと思います。また、コンデンサが経年劣化しても10μFあれば多少容量が減っても音質への影響がないからだと思われます。

レシオ検波や10μFの採用など、どの箇所を見ても「石橋を叩いて渡る」ナショナルの企業風土が色濃く反映しています。

(2)MPX付加

前置きが長くなりましたので本題に入ります。

MPX回路図
 

MPX回路への改造は何通りかためしましたが、上図の回路図が一番良かったので掲載します。

また、10μFでは19kHzのパイロット信号や38kHzのコンポジット信号が取り出せません。ノイズ抑制とMPX信号の取り出しのバランスがとれる5μFに交換してあります。

検波回路を組みなおした様子
付加したMPX OUTケーブル
 ・セパレーション

TRIO AD-5を接続してセパレーションを測定します。

計測中に波形が増減して変動が始まり、レベル低下でリミッターが効かない様子です。初段6AQ8を交換して正常動作になっています。

左右共に1kHz:10dB(6AQ8交換前)⇒20dB(6AQ8交換後)

8.ヒアリング

ヒアリング風景

TRIO AD-5に接続してFMスレテオ放送をヒアリングします。チューニングはシビアです。少しでもズレると音質が劣化しますので精密な選局が必要です。

中低域が厚く量感のある良い音です。奥行はあまりありません。長時間聴いてもつかれない音です。無音状態のときはホワイトノイズが若干聞こえます。スペアナで高調波だらけの出力波形を観測していましたが、音にはそんな気配は微塵も感じられません。AD-5のフィルター・スイッチをONすると音がわずかにクリアになります。想像していたよりずっと良い音のチューナーでした。

9.まとめ 

ES-901は触るとわかる慎重な設計のナショナルらしいFMチューナーです。真逆のTRIOは新進気鋭の最先端ベンチャー企業のように新しい技術を次々投入する攻めの姿勢を見せていました。この時代の多種多様な企業風土が1960年以降のFM文化を育て発展させたのだと思います。

10.定格

受信周波数:80~90Mc

中間周波数:10.7Mc

使用真空管:6AQ8/ECC85 高周波増幅および周波数変換管

      6BA6 中間周波増幅管

      6BA6 中間周波増幅(リミター)管

      6AL5 レシオ検波管

      6X4  整流管

感   度:30μV/30mV(S/N 30db)

電   源:50~60c/s 100~110V(ヒューズ差替式)

消費電力 :20VA

型   状:間口 311mm、高さ 121mm、奥行 160mm

重   量:2.51kg 

2026/04/14

TRIO AD-5 説明書に見るMPX OUT抵抗の重要性

 1.AD-5説明書の希少性と記事の目的

説明書の表紙

TRIO マルチ・ステレオアダプター AD-5型の説明書を入手しましたが、その内容には見逃せない重要な記述がありました。

AD-5は1960年頃に発売された製品で、価格は11,200円。当時のFMステレオ黎明期において、モノラルFMチューナーに接続することでステレオ放送を可能にするマルチ・ステレオアダプターです。

現在でもAD-5本体はオークション等で見かけることがありますが、説明書が付属する例は非常に少なく、今回の資料は貴重な一次情報といえます。

本記事では、この説明書に記載された内容を手がかりに、MPX OUTの抵抗値が音質に与える影響について整理してみます。

2.改造が必要な理由(技術背景)

AD-5は単純に接続するだけで動作する機器ではなく、接続するFMチューナー側の仕様によっては調整や改造が必要になります。

その背景にあるのが、MPX OUTの出力インピーダンスです。

当時のFMチューナーでは、発振防止などの理由からMPX OUTに高い抵抗値(例:100kΩ)が挿入されている場合があります。しかし、この抵抗値が高すぎると、高域特性に悪影響を与えることが知られています。

つまり、安全性を優先した設計が、結果として音質面では不利に働く場合があるということです。

3. 改造が必要な機種の例(FM-105)

AD-5と組み合せて一部変更しなければならない機種

説明書P.5には「AD-5と組み合せて一部変更しなければならない機種」が掲載されています。その一例として、FM-105の検波回路を確認します。

FM-105の検波回路(ラジオ技術1962.9より抜粋)

FM-105では、レシオ検波回路からMPX OUTへ接続されるR17が100kΩとなっています。この抵抗は発振防止を目的としたものですが、AD-5と組み合わせる場合には高すぎる値です。

そのため、説明書ではこの抵抗を5.6kΩへ変更するよう指示されています。

これは、MPX信号の高域成分を十分に取り出すための処置と考えられます。

また、ラジオ技術 1962年掲載のFM-106回路図を確認したところ、同様の抵抗(R18:50kΩ)は見られませんでした。発売時期により改善されている個体もあり、したがって、実際のチューナーでMPX OUT周辺の抵抗の有無や値を確認することが重要です。

4. 改造不要な機種の例(FM-30)

AD-5と組み合わせてそのまま使える機種
一方で、すべての機種に改造が必要なわけではありません。

FM-30の検波回路(FM-30取扱説明書より抜粋)

FM-30の検波回路を確認すると、フォスター・シーレー検波方式が採用されており、MPX OUTの取り出し条件が異なります。

この方式では、出力インピーダンスの問題が比較的小さく、説明書でも「そのまま接続して使用可能」とされています。

この違いは、検波方式および出力回路設計の差によるものと考えられます。

そのほか、FM-101k、W-36はレシオ検波ですがMPX OUTの抵抗は5.6kΩが採用されていました。 

このことから、当初は発振防止を重視した設計であったものが、MPXアダプターの普及に伴い、信号伝送特性を重視した設計へと見直された可能性が考えられます。

特にTRIO AD-5のようなマルチプレクスアダプターとの接続を前提とした場合、MPX信号の高域特性を確保するため、出力インピーダンスを低くする必要があったと考えられます。

また、当時は他社製MPXアダプターとの接続も想定されていたと考えられ、発振を抑えつつ安定して接続できるよう、回路の最適化が進められたものと思われます。

5. 文献との整合性(ラジオ技術 1965年5月)

ラジオ技術 1965年5月の記事

この問題は当時すでに指摘されており、「ラジオ技術 1965年5月号」の「FM-MPXアダプタの接続方法と上手な使い方」(P.63-65)にも同様の考察が見られます。

そこでは、MPX OUTに挿入されている抵抗は主に発振防止を目的としたものであり、過度に高い値にすると高域が減衰してしまうことが説明されています。

そして、発振の問題がなければ、抵抗値は低い方が望ましく、5.6kΩ程度が適当であるとされています。

AD-5説明書の内容は、この当時の技術的知見とよく一致しています。

6. 本ブログでの実践例(5.6kΩ採用の理由)

本ブログでは、これまでにFMモノラルチューナーへMPX OUTを追加する改造をいくつか行ってきました。

その際、高域特性を考慮し、MPX OUTの抵抗値は一貫して5.6kΩを採用しています。

主な例は以下の通りです。

・東芝 6FT-265 5.6kΩ

・STAR FM-121 5.6kΩ

・東芝 FMT-100 5.6kΩ

・TRIO FM-102 5.6kΩ 

いずれも5.6kΩとすることで、良好な結果が得られています。 

7. 今後の課題(FM-105 / FM-106の検証)

これまでにFM-105やFM-106の修理は行っていますが、MPX OUTの抵抗値については詳細な確認をしていませんでした。

今後はこれらの機種について実測を行い、AD-5との組み合わせにおける最適条件を検証していく予定です。

8. まとめ:忘れられた技術の再発見

今回取り上げたMPX OUTの抵抗値による発振防止と高域特性の関係は、現在ではあまり語られることのない技術の一部です。

しかし、当時の設計思想や文献を辿ることで、その意味を改めて理解することができます。

AD-5の説明書は、単なる付属資料ではなく、こうした重要な知見を伝える貴重な技術資料でした。

今回の内容は、レストアや改造を行う上でも見落としがちなポイントであり、現代においても有効な知識といえるでしょう。

9.あとがき

TRIO AD-5の説明書を購入した動機は単純です。 ほとんど流通していないので読んだことがなく、DEMENSION(デメンション)ツマミの機能説明になんて書いてあるのか知りたかったからです。

何故かセパレーションの名称でなく、AD-5はDEMENSIONの名称です。初めて触る人は最初は何の機能かわりにくい名称です。

左:機能説明、右:機器によって変更の注意事項
 

説明書の④DEMENSIONの解説では、「ステレオ分離、いわゆる音の広がりを調整するツマミです。・・・」と想像どおりの機能説明です。 

ふっと、右のページを見ると「併用する機種によって変更があります。必ずお読みください。」との注意書きです。

何だこりゃ?この当時の機器はTRIOでも改造ありきなのか。信じられない。これが私の感想です。

技術的な内容は雑誌で知ってはいましたが、まさか既製品にも改造の必要があるとはおもっていませんでした。

古い製品の説明書は、一度は読む必要があるとの教訓です。

経験から分ってるつもり、知ってるつもりが一番いけないことだと反省しかないブログです。

10.余談 

説明書を眺めていて、思わず笑ってしまうほど面白いことに気付きました。 各ページの一番下に、驚くほど小さな文字で「FMステレオ放送を楽しむための心構え」のような文言が書かれていたのです。あまりに味わい深いので、そのまま紹介します。

P3:FMステレオ放送の基本はチューナーにあります。

P4:雑音が多いとの原因の大半はチューナーにあります。

P5:セパレーションはチューナーによって左右されます。

P6:FMチューナーでひずみが多いとどうすることもできません。

P7:最高のFMチューナーこそ、FMステレオ放送受信のすべてです。

P8:AD-5のセパレーションは39dB以上とすばらしい性能です。

P9:音(信号)の入口(アンテナ→チューナー)には必要以上の配慮がかんじんです。

P10: FM放送の生命はステレオにあります。FMステレオの真価をぞんぶんにお楽しみください。

これらは、説明書にありがちな注意書きとはまったく違います。 まるで頑固なベテラン技術者が、経験からにじみ出た“心得”を小声で語っているような文体です。どこか春日二郎氏のつぶやきを思わせる、不思議な味わいがあります。

参考資料

・TRIO マルチ・ステレオアダプター AD-5型説明書 
・ラジオ技術 1965年5月号 

2025/07/17

東芝 6FT-265 真空管FMチューナー(MPX OUT付加)

 東芝 6FT-265 真空管FMチューナーの紹介です。1959年、8,900円の真空管FMモノラル・チューナーです。当時のFM周波数の割り当てから80MHz~90MHzのダイヤル目盛りとなっています。正面パネル左上のマツダの文字が古さを感じます。

背面は、アンテナ端子、ピンジャックケーブル(モノラル出力)、電源ヒューズになります。

底面には、仕様、配線図、糸掛け図が張り付けてあります。また、ゴム足4つのネジで本体シャーシを固定しています。

 

ケースを取り外すと、6AQ8,6BA6×2,6AU6,6AL5,5M-K9の真空管です。検波~電源まで6球の真空管で構成されています。バリコンは2連式です。

前面と底板を一体にしたL字型の独特のつくりです。

プラスチックパネルを取り外すとL字型カバーに黒い厚紙で出来たシートが張り付けてあります。厚紙は経年劣化で少しでも触るとボロボロに破けて砕けるので交換します。上の写真は色付画用紙で作成したシートです。この黒いシートはダイヤル目盛りのランプの光がプラスチックパネルから透けて漏れ出すのを防いでくれます。 

背面にむき出しで危険なヒューズフォルダはカバー付きに交換します。

劣化部品は全て交換します。ダイヤル糸が断線していたので張替えします。受信感度とダイヤル目盛りを調整して修理は完了です。

このFMチューナーはレシオ検波です。時代背景からモノラル出力のみのFMチューナーです。

上の写真は実際のレシオ検波の回路です。


 現在ではFMモノラル出力では実用的ではないのでステレオ化を目指します。上の図は6FT-265にMPX OUTを付加した回路図です。MPX OUTがあれば6FT-265でFMステレオ放送を聞くことができます。

ラグ板を使いレシオ検波によるMPX OUT回路を組み込みます。上の写真はMPX OUTを付加した様子です。セパレーションを測定します。約20dBを確保することができました。 TRIO AD-5のディメンションコントロールがあるFMアダプタであれば、セパレーションはもっと良い数値になったと思います。

MPX OUTをFMアダプタに接続してFMステレオ放送をヒヤリングします。音の重心は低めで奥行も感じます。高域がやや少ないマイルドで穏やかな音です。FMアダプタの影響なのか中低音はダンピングが効いたような粘りがあります。FM放送を穏やかに安心して聴けるチューナーのようです。

初期のFMチューナーは教科書に載っているような検波回路なので容易にMPX OUTを付加することができます。古いモノラルFMチューナーは飾って置くだけでは勿体ないと思います。少し手間をかけMPX OUTを付加してFMステレオ放送を聞いてみるのも一考かと思います。