今回は TRIO FMマルチプレックス・アダプタ AD-5 の修理になります。TRIOモノラルFMチューナーFM-30とペアになるTRIO AD-5です。ご存じのようにFMステレオ放送初期のFMチューナーはモノラルしかなく、FMマルチプレックス・アダプタによりステレオに復調して聴いていました。60年代、70年代のトランジスタラジオにもMPX OUT端子が装備されていましたが、トランジスタラジオもモノラルのためFMステレオ放送を聞くためにはMPX OUT端子にFMアダプターを接続する必要があったのです。代表的な製品ではスカイセンサーのオプションでSTA-50,STA-60などがあります。
1963年(昭和38年)のラジオ雑誌に掲載されていたTRIO AD-5の広告です。現金正価11,200円とあります。当時はモノラルラジオとFMアダプターを別々に販売した理由が、金銭面で負担のないようラジオを買ってから後からFMアダプターを購入できるようにしたとのことです。現代の私たちの金銭感覚では、まったく理解できません。1963年の初任給は17,100円ですから、AD-5の11,200円は現代の価値にして130,000円ぐらいでしょうか。ラジオやFMアダプターを一緒にすると1ケ月分の給与でも買えなかったようです。当時はラジオやFMアダプターがいかに贅沢で高額な製品だったのか驚くばかります。私は管球式FMマルチプレックス・アダプターによるFMステレオ放送を好んで聞いているオーディオファンの一人です。私のお気に入りのTRIO AD-5がオークションで入手できたので修復したいと思います。
TRIO AD-5は1960年頃の製品になり、電波科学 1963年8月号「FCC方式ステレオ用マトリックス方式 トリオAD-5アダプタの回路と性能」で機能、性能や回路図が詳しく解説されています。
早速、上部ボンネットを外すと7247,6AU6,12AX7の真空管類が配置された簡単なつくりです。
修理で問題になるのは裏ブタの中で開けて配線や部品を確認するとオリジナルの状態のままのようです。以前にオリジナルではない魔改造されたFMアダプタを苦労して修理した体験があるのでオリジナルのままであることが重要なポイントです。異常がないか丹念に確認すると電解コンデンサの安全弁が破裂して液漏れをしています。60年もたっているので経年劣化する部品は交換することにしました。ブロック電解コンデンサは今では入手できない3つのコンデンサを集約した太くて短い形状のものです。
当時の雰囲気を残したいので、くり抜いて外側のボディーだけ使うことにします。その他コンデンサはフィルムコンデンサに交換しました。最後にAD-5にはヒューズがないのでガラス管ヒューズを装着してあります。
ここで、前回の真空管ラジオ修理でも使った電源装置に接続してから電源を入れてみます。電流計は0.3A付近で落ち着きましたのでやや多めかと思いますが正常のようです。次に各部の電圧も測り正常です。
テストにはMPX OUTのあるTRIO FM-106にAD-5を接続する構成としました。AD-5のRCAライン端子からのFM放送のステレオ出力を試聴する音出し試験は正常のようです。AD-5の電源ケーブルが他のオーディオ機器の電源ケーブルと近すぎたりするとハム音が混じるので注意が必要になります。AD-5のデメンション・コントロールを調整するには試聴しながらセパレーションが一番良い位置にする必要があります。しかし、デメンション・コントロールは音質に大きな影響を及ぼすので私は自分の好みの音質の位置で固定して使っています。感想ですがAD-5を通したFMステレオ放送の音質は60年前の製品とは思えないくらいです。管球式と聞いて古臭い音のイメージがあるかもしれませんが、イメージを一掃するようなクリアな音を提供してくれます。何度でもこの音が聞きたくなりAD-5を買っては修理することを繰り返しています。管球式FMステレオを一度聴いてみる価値はあると思います。