2026/05/26

ナショナル TA-90 AM-FM オールバンド型 ハイファイチューナー

 1.概要(外観・仕様)

ナショナル TA-90

ナショナル TA-90 AM-FM オールバンド型 ハイファイチューナーの修理記録です。ナショナル TA-90は、1962年発売・14,900円の3バンド(MW/SW/FM)真空管チューナーです。 黒を基調とした端正なデザインで、通信機を思わせる精悍さと高性能を感じさせます。

背面の端子類

背面には、音声出力OP端子、外部機器入力端子PUとTAPE,MPX端子M/Xとアンテナ端子、ヒューズボックスがあります。ヒューズボックスは入力電圧によって100Vと110Vの片方のみにガラス管ヒューズを装着します。 

2.特徴(配置図・糸掛け図・回路構成)

2-1.配置図と糸掛け図 

仕様、配置図、糸掛け図

チューナーのボンネット裏には、仕様、配置図、糸掛け図が貼り付けてあります。

・仕様

TA-90 仕様
仕様として下記の内容が記載されています。

受信周波数帯:MWバンド 535~1605KC

       SWバンド 3.9~12MC

       FMバンド 80~90MC

中間周波数:AM 455KC,FM 10.7MC

使用真空管:6AQ8、6BA6、6AJ8、6DC8、6BX6、6AL5、6ZE1、6X4

ダイヤルライト:6.3V、0.25A、2個

感   度:MWバンド 50μV/30mV

      SWバンド 50μV/30mV

      FMバンド 30μV/30mV(S/N 30db)

電   源:50~60c/s 100~110V(ヒューズ差替式) 

・ 糸掛け図

糸掛け図

この糸掛け図にはダイヤル目盛りも併記されており、初見では調整方法が分かりにくい構成です。 しかし、ナショナル独自の方式を理解すると、短時間で正確に調整できる合理的な方法であることが分かります。
  
この糸掛け方式は“FM 89MHz を絶対基準にする”のが最大のポイントです。 
 そのうえで、以下のように寸法で位置決めを行います。 

②そこから 93.2mm がスタート地点

③さらに 8.6mm が SW 4MHz(糸掛けの正しさを確認する点)

④MW はトラッキング調整で合わせる(糸掛けでは決まらない)

⑤SW がズレている場合は糸掛けのやり直し(巻き量・初期位置の誤差)

以上の方法で糸掛けと調整をすれば正しい受信周波数になります。

工場向けに単純な糸掛け方法の説明ですみ、なおかつ誰でも短時間で正確に調整できるメリットが重要だったのではと推察しました。大量生産向けのナショナル独自方式です。

・配置図

配置図
真空管などの配置図です。ただし、(誤)6AB6⇒(正)6BA6と誤記があるので要注意です。

・工業所有権のシール

ボンネット裏の反対側には、「当社ガ有スル工業所有権」のシールが貼られています。特許侵害への警告と技術の高さをアピールするためのものでしょうか。昔の秋葉原ではコピー商品であふれていました。SONYのカセットテープそっくりのパッケージでよく見るとSANYの文字の商品などです。当然、中のテープは粗悪品でした。そんな経験から特許侵害への警告かなとも思えます。

2-2.回路図

ラジオ技術1962年9月号 回路図(抜粋)

ラジオ技術 1962年9月号に回路図が掲載されています。

2.3.回路構成

TA-90の機器配置

FM 系:

アンテナ → 6BA6(RF) → 6AJ8(MIX/OSC) → 6DC8(IF×2) → 6BX6(LIM) → 6AL5(FM DET) → AF OUT+ 検波出力 → 6ZE1/6BA6 → AFC → 局発へフィードバック

AM 系:

アンテナ → 6BA6(RF) → 6AJ8(MIX/OSC) → 6DC8(IF) → 6AL5(AM DET) → AF OUT+ NAR/WIDE で IF 帯域切替

共通:

6X4 電源、6ZE1 マジックアイ、PU 入力・出力切替

3.修理プロセス(事前作業 → 電源試験 → 不具合 → 再修理)

3-1.事前作業

電源を入れて試験する前に実施する修理作業です。 

・目視確認

修理前の内部の様子
内部を目視しますが、焦げや損傷、ハンダなどの異常もなく良好です。

修理したヒューズカバー

ヒューズ断とヒューズカバー破損しています。ヒューズ(1A)交換とカバーを修理します。

・劣化部品

交換して取り外した劣化部品

ペーパーコンデンサは全てフィルムコンデンサと交換します。

ペーパーコンデンサ交換後の内部

ペーパーコンデンサの片側ハンダなし

この位置の0.05μFは“音声出力のカップリング”という重要な役割を持つため、 片側が無ハンダのまま出荷されていたのは驚きでした。手前の抵抗の陰に隠れていて、抵抗を取り外さないとハンダ箇所が見えない場所です。あまり見たくなかった製造ミスです。なお、音声が完全に途切れなかったのは、近接する配線や部品との間に生じる浮遊容量(数 pF 程度)による微小な AC カップリングによって、IF 信号がわずかに漏れ込んでいたためと考えられます。

・清掃

AFC用のスライドスイッチ

AFC用のスライドスイッチは分解、清楚します。セレクタの端子も黒くなっているので清掃します。

ダイヤル目盛りの背面の黒板を清掃

清掃後の綺麗になったダイヤル目盛り

ダイヤル目盛りのガラス板を慎重に清掃します。背面の黒い板は汚れが酷くコンパウンドで磨くと綺麗になります。背面の黒い板を清掃しておくとダイヤル目盛の仕上がりの美しさに大きな差がでます。

4.調整(RF/IF・AFC・MPX)

4-1.電源試験

まず、電源投入後に主要ポイントの電圧を測定し、回路図値と比較しました。 結果を以下にまとめます。 

電源装置で100Vで0.6Aと表示
電圧測定の様子

回路図に記載されている電圧を参考にします。□内の電圧はAM、()内はFMの電圧です。

電源回路(抜粋)

測定電圧一覧表
 ・電源トランス100V端子接続 

電源回路の1kΩ両端(電源トランス側とチューナー側)の電圧を測定(測定電圧一覧を参照)します。

FMの電圧は+32Vと少し高めです。また、電流値は+8mAですが電圧が高い影響のためで、ブロック電解コンデンサは過電流もなく良好と判断できます。 

・電源トランス110V端子接続 

給電電圧が高いため、電源トランスの一次側タップを100V⇒110V接続に変更して二次側電圧を下げて測定(測定電圧一覧を参照)します。(背面のヒューズホルダのヒューズを110V側にします。)

測定した結果からFMおよびAM受信で給電電圧が適正な電圧の電源トランス一次側は110Vタップで通常使用とします。

・短絡(ショート)

このTA-90は購入時に電源ヒューズが溶断していました。修理中も電源トラブルもなく良好に動作していました。それが、突然6AQ8付近から小さな白煙で、ヒューズ線は白熱電球のように光っています。 電源ヒューズが溶断していたのでおかしいとは思っていました。

ヒーターの5番端子とシールド板の接触あり
2P(プレート)1番端子とシールド板もショートの危険性あり

すぐに電源落として裏返して確認します。6AQ8のソケットのシールド板と端子が接触してショートしていました。6AQ8のヒーター用の5番端子とシールド板がショートしたのが原因です。6AQ8を揺すると2P(プレート)用の1番端子もシールド板と接触します。シールド板を少し上に位置をずらし、端子から遠ざかるように横に曲げて接触しないように修復します。本来はシールド板の下に端子が来ても接触しないようにシールド板がカットされています。シールド板の設置位置が低すぎてカット面が端子に接触していました。これも見たくなかったもうひとつの製造ミスです。 

4-2.受信確認(1回目)

AM,FM共に正常に受信できます。ジーッとノイズが入り耳障りです。一番疑わしいのはブロック電解コンデンサで交換する必要がありそうです。

4-3.再修理(ジーッ音のノイズ)

受信時にジーッとノイズが入ります。ブロック電解コンデンサが疑わしいので確認します。電源回路にモニターを入れて直接ノイズ音を確認します。 ブロック電解コンデンサに近いほどノイズが大きくノイズの質も音声出力と同じです。ブロック電解コンデンサがノイズ源で確定です。

外観はそのままのブロック電解コンデンサ

新しい電解コンデンサと交換し、黄色いカバーのブロック電解コンデンサはくり抜きそのまま設置して再利用すれば、外観は全く変わりません。

ヒヤリング試験をしますが、嘘のように電源ノイズは消え音声がクリアになり修理は成功です。 

4-4.受信試験(2回目)

再修理でブロック電解コンデンサを交換して電源ノイズもなくなりました。しかし、FMステレオ放送を聴くと背景にサーッと違うノイズが聞こえて気になります。

FMシグナルジェネレータとスペアナを接続して波形を観測します。チューナーを裏返しにするなど本体を動かすと波形が変形したり、うねったり不安定です。ノイズレベルは-50dBとかなり悪い状態で、これがサーッという消したいノイズです。高調波も全帯域で発生しています。ノイズの解消というよりは、波形の不安定さを解消するのが先決のようです。

4-5.再々修理(サーッ音のノイズ) 

部品のひとつひとつのハンダ付けや配線、容量など地道にチェックします。原因はセラミックコンデンサのリード線が6AQ8の端子に接触しており、 微小な容量変化が局発周波数に影響して波形が不安定になっていました。

セラミックコンデンサのリード線にエンパイヤチューブを被せて6AQ8端子と接触しないように対策します。対策後のスペアナを見ると高調波も少ない綺麗な波形です。

スペアナで見たノイズもなく正常な波形と帯域

この状態でRFやIFなど調整します。調整したことによりノイズレベルも-70dB以下になりました。もう少しノイズレベルが低いといいのですが、FM黎明期のMPX出力の限界かと思います。

4-6.受信試験(3回目) 

サーッ音のノイズも低減したので、マジックアイの機能を確認します。 

マジックアイ・AFC OFF(緑) 

マジックアイ・AFC ON(赤)

マジックアイの受信状況の変化は良好です。このマジックアイ(6ZE1)はAFC機能OFF:緑、AFC機能ONで赤く点灯が変わります。また、AFC機能の受信周波数に引き込む動作は良好でした。 

4-7.MPX出力(FMステレオ放送)

TA-90のMPX出力とFMマルチプレックスアダプターには同じナショナルのSH-300がよかったのですがSH-300の調子が悪く、TRIO AD-5を接続してFMステレオ放送を試験します。

TRIO AD-5とTA-90でFMステレオ試験

FMステレオのセパレーションは右25dB、左23dBでした。 FM黎明期の真空管チューナーとしてりっぱな数値です。

5.ヒアリング

TA-90とAD-5でヒアリング

・感度: 

 AMとFMは受信感度も高く良好に受信できます。

・AM:

  音質はノイズも少なく聴きやすい音質です。 

・FMモノラル:

  中域が前面にでた音のバランスです。全体的に厚みのある音がします。音質はクリアでノイズ感はありません。高音も程よくでています。

・FMステレオ:

  中低音が厚く、全体的にエネルギー感のある音がします。奥行も良好でやわらかな高音です。全体がなめらかな音質で、ボーカルに艶や色気があります。

・ノイズ:

  ステレオ時にサーッ音が入りますが、激しい曲では判りません。静かな曲などではノイズは聞こえますが、さほど気にならない範囲かと思います。 

6.デザイン考察

TA-90の黒を基調としたデザイン

TA-90は、黒を基調としたパネルに中央のゴールドのツマミを配置した、通信機そのものの面構えをしています。家庭用チューナーとしては武骨で、好みが分かれるデザインです。なぜナショナルは、このような通信機的デザインを採用したのでしょうか。

結論として、通信機を作りたかったのではなく、“通信機の信頼性と精密さ”を外観で表現したかったと考えられます。

1960年代前半はFM放送が始まったばかりで、FMチューナーはまだ新しい高周波機器でした。ナショナルとしては、「高周波技術に強いメーカーである」という印象を市場に示す必要があり、その象徴として通信機のデザイン言語を取り入れたと考えられます。

実際、TA-90の内部構成は家庭用ラジオより通信機寄りで、RF → MIX/OSC → IF×2 → LIM → DETという本格的な高周波構成や、AFC・MPX出力など、当時としては先進的な要素が多く含まれています。外観と中身が一致しているわけです。

また、松下電器は当時、通信機器部門と家庭用ラジオ部門を並行して持っており、高周波技術者がチューナー開発に関わった可能性も十分にあります。

つまりTA-90の武骨な外観は、単なるデザインではなく、「精密な高周波機器である」という技術的メッセージを込めた意図的な選択だったと考えられます。マニア好みの外観になったのも、その結果と言えるでしょう。

TA-90のデザインは、1960年代前半の技術観とナショナルの姿勢がそのまま外観に表れた製品です。デザインには、その時代の空気と気配が満ちています。

7.まとめ(総評)

TA-90 は、FMステレオ放送開始前に MPX 出力を搭載した先進的な設計で、 ナショナルが FM 時代を強く意識していたことが分かります。 修理後は動作も安定しており、60年以上前の製品とは思えない完成度です。 当時の技術思想と設計品質を今に伝える、非常に魅力的なチューナーだと感じました。